普段着問題に至る道

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    昨日から、ぬるっとブログを再開したのであるが、閉鎖前のブログが2015年11月30日付のもの。確かにこの後ぐらいから著しく更新が滞っていたのは事実。その間引っ越しをしたからと言い訳をしてみたところで、そんなん3年も前の話。その間だって、ごくたま〜には記事をあげていたこともあるのだ。2018年は完全休業だったけれども。だから、直近の記事はもっと直近のものであって、いくら何でも4年近くも閉鎖し、思案した挙句の昨日ってわけではないのである。これもまた言い訳がましいんだけれども。じゃなんで4年前のを?というと、いったん閉鎖するにあたり、アップしてあったものを片付けたら、あれだけ片付け忘れたのだ。で、記事が1個もないっていうのもなんだし、ま、いっかと残したのだが、残っちゃったものが適当ではなかったというか。浮足立ったままじゃないかっていう、意図しない感じになってしまい、本当に何のための閉鎖だったんだか。4年前から進歩なし、っていうのも何だかなー、であるが、確かにあの頃から人間的に深みが増したかというと・・・。ただ4年分、老ヒトリサマのエレベーターを昇り続けただけだもの。

     

    それはさておき、昨日の続き。どうでもない格好をしている時に限り、人と会ってしまう問題。私はおしゃれさんのカテゴリーから外れる人間ではあるが、幼少時よりお洋服は大好きだった。ただ、この大好きというのが厄介で、洋服好きとおしゃれ好きとは別物なんだと今改めて思う。おしゃれ番長というのはその両方が備わっており、かつ自分自身の見せ方をよくわかっている人なのではないか。私の場合、自分に似合うとか、どう見えるとか、そういうことはほぼほぼ関係なくて、この色、柄、デザイン、素材感が好き!がすべて。しかも若い時分はO脚かつ肉付きのよい足を隠したくて、オーバーサイズなものを好んで着用。すっごい個性的かつデザイン際立つ洋服を着こなすんじゃなくってコレクションしていた感じ。好きなものに囲まれるこその幸せ、みたいな。それはもうぞっとするぐらいの量だったけれど、それを何度かの転勤など仕事や住環境が変わるたびに整理をし、半分から3分の1に減らしてはいったのだ。この時も、かなり目をつぶって、ぐらいの勢いで捨てていったのだが、デザインが好きな似合わない服の選別だから、収納が幾分すっきりしただけで、私のおしゃれがすっきりしたわけでは当然なかった。

     

    ここから、私はさらに洋服を減らしていくのだが、きっかけのひとつが友人からの「それ、似合わないよ」という指摘。これを言ってくれた人が10歳年上の、おしゃれ番長なんて呼び方も失礼ってくらいセンス良くキレイな人だったから、あっさり聞き入れることができたんだと思う。はっきり、スカッとバッサリ切ってくれたっていうのも受け入れやすかったのかもしれない。でも、いくら信頼、尊敬していても、こっちの方が似合うよ、の服は好きにはなれなかった。これまで好きなデザインで選んできたのだから。自分に似合うらしい服って、好みとあまりに真逆。これはなかなかの葛藤ではあった。それから、当時好きだったタレントさんが、サイズが合ってないと素敵に見えないみたいな話をしていて、言われてみたら確かに!だったのだ。さらに東日本大震災の影響もあり、似合わない服、サイズの合わない服をまたまた整理。さらに3年前の引っ越しのとき、似合うかも、だけど、やっぱり好きじゃない服、サイズ合わせのため直したけど結局着なかった服ともお別れ。最盛期に比べ、5分の1ぐらいの量になったのだが、ここで問題が。5分の1といってもそこそこはあり、しかもその大半を着ないでシーズンを終えるのであるが、それでもやはり捨てすぎたのだ。ああ、前段が長すぎた!肝心な話に入る前に、またしても次回に続く。このパターンもどうにかせねば。


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