抜けちゃうのよ、気をつけないと抜けちゃうの

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    普段着問題に至る道からは少々ずれるが、普段着の問題。昨日の午後はiPhoneで潰れた!んだけど、iPhone問題はまた書く機会があったら。iPhoneの修理センターに行くため、いわゆる街中へ出かけたのだが、私はここ地方都市の中心駅エリアに行く際も気を抜きすぎるんである。そもそもご近所の隣駅。いつの間にかショッピングの中心地みたいな体になっているが、元々はそんなお洒落な雰囲気の場所じゃなかったはず。コンパクトに集積していて便利ではあるものの、殊更洗練されているというわけでもなく、企業、官公庁が立ち並ぶサラリーマンの街と言えなくもない。人と会うときは、多少気を使うものの、ひとりで買い物に出かけるときなど、つい薄い顔に気の抜けた格好で出かけてしまいがち。そして、やはり、そんなときに限り、誰かと会ってしまうか、目撃されていたりするのだった。

     

    だから、昨日は前日の反省を踏まえ、少しは気をつけたつもり。もっともどうせキャップと眼鏡で行くしと、顔は薄かったか。大体、修理センターにそんな気合入れてどうするっていう。言うほどちゃんと気は入ってなかったかもしれない。抜けてなかったってだけで。でも、ま、抜かなきゃ、あんなに人がいる場所なのに誰にも会わない。この状態をキープすればいいのに、より近所のスーパーへ、なんてなると、やっぱりひゅるる〜って抜けちゃうのだ。そうすると、途端に会うから不思議ー。滅多に会わないご近所さんが今日に限って、なぜ戸外に!?ってくらい。言い訳だが、本来ならしっかり秋なはずが、温暖化の影響か、ここ北国も先月まで結構暖かく、今時分の季節の変わる目って何を着るかちょっと迷ったりもする。迷った挙句、私の場合、近所だし、こんなんでいっか、となり、あらあ、皆さん、こんにちは〜になってしまうっていう。

     

    洋服を整理するとき、普段着という視点が完全に欠落していたんだと思う。素敵な普段着なんて全く考えずに、古くなったものはもちろん、サイズが会わない、全然着てないものはこれからも着ない、似合おうがテイストが違う、って捨ててたから。普段着にって思うと減らないし。結果、残ったものが、あれれ???なことに。アイテム数のバランスも悪いし、いや、なんかもう、なぜ、これらを残し、あれらを捨てたんだ私。ファストファッションで賄わなければならないか?状態。ファストファッションっていえば、昨日、駅周辺で見かけた若い女の子たち、それっぽい組み合わせなんだけど今どきでかわいかった!ハイブランドであろうとなかろうと、お洒落に気を入れている人には自然と目が行く。きれいにかわいくあろうという気持ちの有様って、やっぱり目には見えなくてもわかるもののようだ。それが抜けちゃうとバレるわけじゃないだろうけど、見逃してほしいのに見つけられてしまう、みたいな。だからね、普段から抜きすぎはよくないとは思う。老ヒトリサマエイジこそいつも小奇麗にとも思う。なのに持続しない。お洋服を楽しむ心よ、アゲ〜ン!


    普段着問題に至る道

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      昨日から、ぬるっとブログを再開したのであるが、閉鎖前のブログが2015年11月30日付のもの。確かにこの後ぐらいから著しく更新が滞っていたのは事実。その間引っ越しをしたからと言い訳をしてみたところで、そんなん3年も前の話。その間だって、ごくたま〜には記事をあげていたこともあるのだ。2018年は完全休業だったけれども。だから、直近の記事はもっと直近のものであって、いくら何でも4年近くも閉鎖し、思案した挙句の昨日ってわけではないのである。これもまた言い訳がましいんだけれども。じゃなんで4年前のを?というと、いったん閉鎖するにあたり、アップしてあったものを片付けたら、あれだけ片付け忘れたのだ。で、記事が1個もないっていうのもなんだし、ま、いっかと残したのだが、残っちゃったものが適当ではなかったというか。浮足立ったままじゃないかっていう、意図しない感じになってしまい、本当に何のための閉鎖だったんだか。4年前から進歩なし、っていうのも何だかなー、であるが、確かにあの頃から人間的に深みが増したかというと・・・。ただ4年分、老ヒトリサマのエレベーターを昇り続けただけだもの。

       

      それはさておき、昨日の続き。どうでもない格好をしている時に限り、人と会ってしまう問題。私はおしゃれさんのカテゴリーから外れる人間ではあるが、幼少時よりお洋服は大好きだった。ただ、この大好きというのが厄介で、洋服好きとおしゃれ好きとは別物なんだと今改めて思う。おしゃれ番長というのはその両方が備わっており、かつ自分自身の見せ方をよくわかっている人なのではないか。私の場合、自分に似合うとか、どう見えるとか、そういうことはほぼほぼ関係なくて、この色、柄、デザイン、素材感が好き!がすべて。しかも若い時分はO脚かつ肉付きのよい足を隠したくて、オーバーサイズなものを好んで着用。すっごい個性的かつデザイン際立つ洋服を着こなすんじゃなくってコレクションしていた感じ。好きなものに囲まれるこその幸せ、みたいな。それはもうぞっとするぐらいの量だったけれど、それを何度かの転勤など仕事や住環境が変わるたびに整理をし、半分から3分の1に減らしてはいったのだ。この時も、かなり目をつぶって、ぐらいの勢いで捨てていったのだが、デザインが好きな似合わない服の選別だから、収納が幾分すっきりしただけで、私のおしゃれがすっきりしたわけでは当然なかった。

       

      ここから、私はさらに洋服を減らしていくのだが、きっかけのひとつが友人からの「それ、似合わないよ」という指摘。これを言ってくれた人が10歳年上の、おしゃれ番長なんて呼び方も失礼ってくらいセンス良くキレイな人だったから、あっさり聞き入れることができたんだと思う。はっきり、スカッとバッサリ切ってくれたっていうのも受け入れやすかったのかもしれない。でも、いくら信頼、尊敬していても、こっちの方が似合うよ、の服は好きにはなれなかった。これまで好きなデザインで選んできたのだから。自分に似合うらしい服って、好みとあまりに真逆。これはなかなかの葛藤ではあった。それから、当時好きだったタレントさんが、サイズが合ってないと素敵に見えないみたいな話をしていて、言われてみたら確かに!だったのだ。さらに東日本大震災の影響もあり、似合わない服、サイズの合わない服をまたまた整理。さらに3年前の引っ越しのとき、似合うかも、だけど、やっぱり好きじゃない服、サイズ合わせのため直したけど結局着なかった服ともお別れ。最盛期に比べ、5分の1ぐらいの量になったのだが、ここで問題が。5分の1といってもそこそこはあり、しかもその大半を着ないでシーズンを終えるのであるが、それでもやはり捨てすぎたのだ。ああ、前段が長すぎた!肝心な話に入る前に、またしても次回に続く。このパターンもどうにかせねば。


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